解決への道



『天才』と呼ばれる種族は、昔から第六勘というものが優れていた。
タスクとフロートは話を止めて周りに気を配る。
途端にこの屋敷中にサイレンが鳴り響いた。恐らく侵入者か何かだろう。

「もしかして、私のとこの奴等かも。それかネズミ・・・かな?」
「まぁ私捕まった時も鳴ってたからね。それにこれくらいのハンデあげても逃げれる自信はあるし」

フロートは面白そうに口元に笑みを浮かべた。それをみたタスクは当初の自分の考えが正しい事に気づいた。

この人・・・わざと捕まったんだ・・・。

本当に天才という部類の人間は恐ろしい。ピンチさえも自分の思い通りにさせてみせる。
ただ、仕事を真面目にこなすだけでは面白くない。もっとスリルが欲しい。
どこまでシナリオ通りに動かせるか。それが彼女等の根本的な思考。
鍵を開けて部屋の中に人がなだれ込んでいた。

「きゃっ」

アリスが小さく悲鳴を上げた。タスクとフロートは目を細める。
全員銃をこっちに構えていた。部屋は数秒で人口密度がこれほどかとまでに増える。
私とフロートはアリスを背に庇うように座る。

「・・・侵入者ですか?」

フロートが余裕そうに構える。

「・・・黙れ女。撃つぞ。
これも貴様等の差し金か?それともアリス姫の奪還か?
・・・まぁどれも同じことだ。全員ここに辿りつくまでに皆殺しにしてくれる」

・・・出来るもんならやってみろ。
この口調だと、まだ一人も殺せていないらしい。
警報は鳴っているのに誰一人侵入者を見つけていないなんて、既になめられている証拠だ。
数分、そのまま時が過ぎた。部屋の中の緊張は徐々にほどけていく。
何も起きないのに構えてまっているのも確かに冷静になって考えてみれば阿呆らしい。
チリンと下から音が聞こえた。この警報の大きい中、誰もその音には気づいていない。
私は小声で言った。

「・・・私の手の中へ、鍵を」

背中の後ろに回してある手にもこもこっとしたネズミの毛の感触と金属の冷たい感触が伝わる。私は鍵を握った。

「・・・ありがとう、貴方達は隠れてて」

フロートと肩をくっつけて座っていた。タスクは手探りでフロートの手錠のキーをはずす。
フロートと目があった。私達は頷きタイミングを計る。

「何をしている」

私とフロートのこめかみに銃をつきつけられた。
流石にこれでは動けない。手錠は解いた。
あとは足枷だが、ここまでこれば鍵を渡せばフロート一人でもできる。後はタイミングが欲しい。
警報は止まない。この場にいる人達も鳴り止まない事に疑問を持ち始めた時だった。

この部屋に向かってくる気配が三つ。そして二人は微笑し目を閉じた。
この部屋に放たれた衝撃は同時。
警報よりもまだ大きな爆音が部屋中に響いた。
背後あった窓ガラスは盛大に割れ、積み重なっていた荷物が吹き飛び、部屋中に風が入り乱れた。
壊れた荷物達はガラクタになり、部屋中を入り乱れる。

前方から爆発音ような音が響き、ドミノのように人が倒れてきた。
左側から鎖のようなものが飛び出てきたように思えた。
それは自由自在に動き、人をなぎ倒していった。
そして、こめかみに銃を当てていたはずの少女達は視界から消え、残っていたのは彼女達を拘束していた機械仕掛けの手錠と鎖。
その後は覚えていない。
部屋の中が収まった時には信じられない光景が目の前にあった。
いつの間にか警報は鳴り止み、張り詰めた空気がその場に流れる。
窓が割られたため、丁度月明かりが部屋の中に入る。
それを背に受けた六人の若者が積み重なっていた荷物の上に立っていた。

誰かが銃を放ったが、それはさっき繋がれていたはずの少女によってあっさり打ち落とされた。

「きっ・・・貴様等どこから入ってきたっ!?」
「黙りなさい。撃つわよ」

フロートが静かに言い放った。
タスクとフロートの手には先ほど脅していた兵士の銃がある。
二人ともかなりの腕の持ち主らしいことは二人の出すオーラで分かる。
その場の雰囲気に萎縮され、誰も何もいえない。

「・・・遅かったですね、カイ」
「ヒメの無事が分かっていたから、パスランは色々探ってみようと言い出して」
「グリーブ、やっぱり来てくれると信じていたわ」
「当たり前だよ。本当はフロートを一人で助ける予定がかなり狂ってしまったけどね」

そして、アリスは信じられないというようにもう窓から入ってきた青年を見た。

「・・・ライアン何故ここに」
「やっぱり何もしないで待っているのは不安だったから。無事で良かった」

窓の外から他の追ってがくる気配が伝わった。
ここは三階。囲まれてしまったようだ。
タスクは初見の男を見る。
多分、彼女を守るように立っているのが彼氏なのだろう。よく素人さんがここまでたどりつけたものだ。

「・・・じゃ、その窓から出て。
今なら追っ手は少ないはずだから。明日六時までには片付けるわ。私の言った連絡先まで電話掛けてくれる?
えっと、ここから逃げられそうですか?」

ライアンと呼ばれた彼は、明らかにアリスのグロンよりは端麗な顔の持ち主で、しっかりしていて、責任感も強そうだ。

「はい。彼女は俺が守ります」

タスクは頷いて、彼等を外に出した。多分、上手く逃げてくれるだろう。次に隣にいる逆仮面夫婦に話しかける。

「フロートは?」
「・・・私達は今回の任務まだ終わってないから。とっとデータ盗んでとんずらするわ。
このまま逃げるなんて死んだ三人に顔向けできないからね。」
「じゃ、この賭場は私達に任せて。なんか知らないけど、地味には終わってくれそうにないの」

窓が割れた事でパスランと連絡がついた。
彼がイヤホン越しに今回の救出作戦の全貌を教えてくれているのだが、それはその場にタスクがいたら即行で却下していたものだった。
多分、このチームにタスクがいなければ今ごろとんでもなく度派手な事をする大問題児チームとなっていただろう。
今回は自分にも否があったために何も言わないが、次からは気をつけよう。
タスクはこれからのことを考えた。
一人ではないので少し心強いものがあるが、終わってからゼルフの上司達に何を言われるか分かったもんじゃない。
そんなタスクにフロートは言った。

「・・・いっそのこと派手にやっちゃいなさいよ。初任務なんだし。
そうだ、二人にこれ貸してあげる。こっちの方も私達が頼まれた任務なんだけど、貴方達の方が向いていると思うから」
「え?」
『・・・あっ、今フロートさんから手帳貰ったね。
その中身を今から言ってあげるから、その場をなんとかしのぐ事に専念してください。
怪我には十分気をつけて。』

耳からパスランの声が聞こえる。聞き漏らさないように注意しながらもカイに声を掛けた。
この場をしのぐといわれても私にとっては

「・・・カイ、ここからの脱出ですが私も敵倒すのを手伝うわ。邪魔にはならないから」

タスクが取り出したのは二本の短剣。そして、強く握りなおしカイを見る。
カイも準備は整っているようだ。私達は同時に頷く。

「フロート達は私達が戦っている間に行って!」
「では、お言葉に甘えさせていただくわ」
「来るぞ」

カイがそう言い、向かってくる敵を倒す。タスクもそれに続いた。
タスクは久しぶりの動きに懐かしさと不安が交差した。
しかも、この『舞』を戦闘で使うのは初めてとなる。
タスクは精神を集中させ、敵の動きに合わせて独特のステップを踏む。
端から見ればそれは、演舞のよう。
しかし、確実に周りから向かってきた敵は倒されていった。
優雅に軽やかに、それでいて、致命傷を避けた傷を確実に敵に負わせていく。
飛び散る鮮血さえも、その『舞』を美しくさせていった。
フロートは戦っている二人を見て驚いたように目を見開いた。

「・・・まさか。そんなはず・・・」

自分の仕事を忘れてしまうほど、その動きに目を奪われる。
彼女も久しぶりにこの『舞』をみた。思わずグレーブの腕にすがりついた。

「フロート?」

グレーブがフロートが微かに震えているのを感じ、彼女の視線の先を見る。そして、彼も言葉を失った。

「・・・これは・・・」
「間違いないわ・・・。くそっ、騙された。『天才』は消えてない・・・」

やっと自我に戻りフロートは歯噛みする。まさかこんなところで出会うとは思っていなかった。
自分達が『天才』と称される前に『天才』と呼ばれていた少年少女がいた。
タスクとは学校に入る前から親友だった。
しかし、彼女は二ヶ月間家に引きこもってしまい、出てきて話した時にはタスクは自分の事を忘れていた。
フロートは何とかして元のタスクに戻そうとしたが無理だった。
かつて『天才』と呼ばれた彼女の姿はもうそこにはなかった。
人を恨み、自分を恨み、そして人と関わることを恐れた彼女からは当時あった自尊心がほぼなくなっていたのである。
自信を無くした彼女は努力だけでここまで上り詰めた。それは、本当に幸運だったと思う。
彼女は、下で働かせておく人間ではない。
そしてタスク同様フロートもタスクと同じ『天才』と呼ばれていた少年を探していた。
彼は学校に入る直前に消えたのである。始めは本当にいなくなったのかと思った。
しかし・・・今更になってこんなとこに現れるなんて・・・。

「恨むわよ、・・・カルトス。
今更私の前に姿を現すなんて良い度胸してるじゃないの・・・。
あんたのせいでどれだけタスクが辛い目にあったのか分かってんの・・・」

彼がいれば皆タスクを忘れなかった。自分達が新しく『天才』と呼ばれる事はなかった。
グレーブはなんとなくフロートの言いたい事をつかんだ。そして彼女の頭を軽く叩く。

「行くぞ。終わってからでも説教はできる」

フロートは頷いた。そうだ、こんなところで精神を乱れさせてはいけない。

「・・・あの舞いをもう一度見れたということで、今回は許すけど・・・帰ったらみてらっしゃい」

背筋も凍りつくような声音で吐き捨て、フロート達は目的地に向かった。


「これは。」

監禁されていた部屋から出ると廊下もなく大きなホールになっていた。
何も障害物の無いその部屋には人で埋め尽くされている。
ここで発砲するのは不利と考えたのであろう。ほぼ武器は剣になっている。
二人にとってこれは好都合だ。『舞』をするにあたって、敵が近くにいないことには話にならない。

「俺がやるからヒメは他へ行ってもいい。まだ、仕事は終わっていないだろう」
「暗部で訓練してきたからといって、数百人相手には少し辛いものがある・・・。
足手まといにならないと思うからもう少しここにいさせて。
仕事の方は大丈夫よ。パスランのを聞けば今日の日が昇る前までにかたをつければ大丈夫そうだから」
「・・・怪我するなよ」

彼にしては最近饒舌になった。そうタスクは微かに感じ取っていた。
敵がまた一歩こちらに近づく。タスクは深く息を吸い、そしてまた踏み出した。
このホール内ではノルマ一人百人というところだろうか。


彼等が三階で暴れていた頃、十階以上の階では違う意味で大バニックになっていた。
全てにおける機械装置が動かず、扉にはロックがかかり開く様子もない。
非常用のパスワードを入れてもそれは同じ。
各階では火災時に降りるシャッターが降ろされ、どこにも行き来できないようになっていた。
全て外に出る扉も動かない。
助けを呼ぼうにもコンピュータなどの通信機会も動かず、外界からの電波が全て立ちきられているビル内での電話の使用は不可。
もし窓ガラスを破り通じたとしても、あらかじめ電波を混乱させる措置が施されていたので外への通信手段は皆無となった。

そんなパニックになったビルに放送が鳴り響いた。

『えぇ・・・このビルは今の時点で俺達が占拠しちゃいました。全ての機械類は動かないのでご注意ください。
屋上にも特別の鍵掛けておいたので普通の人では開かないと思われます。
緊急パスワードもこっちで変えておきましたのでつかえません。ご了承くださいませ。
なお、監視カメラついてて貴方達の様子が伺えるんですけど、静かにしていてくださいね。
少しでも騒いだりしているとその階の電気消しますから。
んじゃ、夜明けにはオスポンドから直々に治安部隊が到着するんで、何か身に覚えのある人は覚悟しておく事』

放送はまるで緊張感の欠けた声で、重大な事を告げて終わった。
地下にあるビル内全ての機械を管理する中枢部は綺麗なお姐さん達、もとい綺麗なお兄さん二人組シルバとコルトの手によって、全て静められた。
やはりこの裏組織全体かなり外の方がガードが固かったが、中はそうでもなかったらしい。そう踏んで女装で侵入したところ一分で占拠してしまえた。
今は部屋中コンピュータで埋め尽くされた部屋をコルトが一人で操作している。

「いやー、やっぱりこんだけ大胆にすれば気分いいね」

シルバが放送を終えて、その辺の椅子に座る。コルトは画面から目を離さずに言った。

「六十台の部屋全て明かりを消せ」
「厳しいね。少し遊んでるだけなのに」

シルバは十個のスイッチを素早く押した。

「ヒメの方は?」
「カイが上手くやっているんだって。あっちは全く心配なさそうよ。
ただ、暴れている分少し身の心配はしなくちゃいけなさそうだけど。
あっ、三十階の方も消そうかな・・・?」

シルバが手を動かした時、中枢部の扉が開いた。
ここの職員全員には睡眠薬入りのコーヒーを飲ませ、しばらく寝てもらい、扉には頑丈にロックが施されているため普通に入ってこられるのは本当に限られたごく小数の人達だけ。

「・・・あらお二人さん。いらっしゃ〜い」

シルバがキャスターつきの椅子で移動しながら二人を迎えた。

「全く、ここまで厳重にガードしなくてもいいんじゃなくて?少し骨折ったわよ」

入ってきたのは仕事モードの逆仮面夫婦。中枢部に入るなり目的の機械をいじる。

「心にもないことは言わなくていい」

コルトが見向きもせずに答えた。この二人が揃えば解けない物はない。
それが自分達二人で作ったオリジナルの鍵であったとしても。
フロートはすぐに隠し金庫のキーを導き出し、その鍵を開ける。奥の部屋の扉のロックが解かれた。グレーブはその奥に入っていく。

「向こうに、何があるの?」

シルバはボタンをいじりながら、フロートに尋ねた。

「私達の本来目的としてたハードディスク。
そうそう・・・貴方達個人に言いたい事が一つ」
「何だ」

フロートは否のない完璧な笑顔を作って言った。

「私のグレーブをよくもたぶらかそうとしてくれたわね。顔が少し綺麗だからって調子乗ってんじゃないわよ」

コルトの手が止まり、フロートを見る。

「こちらも不本意だが」
「っていうか、まさかあんなところにグレーブが働いていたなんて知らなかったし」

そもそも、この大組織をビル丸ごと占領し、こんな度派手な行動に出れたのは偶然にも単独行動していたグレーブに出会ったからである。
まさか、あの喫茶店でナンパした店員がグレーブだとは思わなかった。

「今回は、アリスに免じて許すけど・・・次はないと思いなさい」
「あってたまるか」

二人の声は見事重なった。

「フロート、閉じてくれ」

グレーブが奥の部屋から顔を出した。
フロートはすぐに笑顔になりコンピュータをいじる。この差が大きいので一部始終を見ていると恐ろしいものを感じる。
何も言わない方が懸命ととった二人は自分達の仕事に戻る。

「じゃ、後はよろしく。
ヒメ様の方に全て渡しておいたから、明日あたりに返してもらいましょうか」
「分かった、伝えておこう」

室内に静寂が戻った。二人は肺が空になるまで息を吐いた。正直あの天才をつるむのは苦手だ。

「・・・触らぬ才子に祟りなし・・・」

そう呟いてシルバはちらりと時計を見た。

「・・・もうすぐ日が昇る」

長い夜もやっと終わるようだ。



「・・・くそっ、雑魚のくせに数だけはいやがる」

彼女の口から思わず出てしまったのは通常時では滅多に出ない罵声。
大分心拍数も上がってきた。綺麗なドレスには返り血が生々しくついている。
やはり人間の体力にも限界はあってどれだけ鍛えていたとしても多人数相手では、疲労が溜まりやすい。
まだホール内には見る限り初めに見たときとは代わらないくらいの人で埋め尽くされていた。
かれこれ三十分動いているのだがそれでも、敵が減ったようには見えなかった。
自分の後ろには致命傷ではないが傷つけられた人達が屍のように横たわっていた。それが、時が経っていることを教えてくれる。

「・・・ヒメ、大丈夫か」

右から踊りかかってきた男と何なく切り飛ばしてカイがこっちを見る。
大丈夫、そう言いかけたが、腕の握力がなくなっていることに気づいた。そろそろ足手まといにしかならなさそうだ。

「ごめん、そろそろ動けなくなりそう」

カイは少し思案して外を見た。ふっと一つの影が視界をよぎる。

「ここから飛び降りろ。そして奴の元へ行け」

かなり抽象的な言葉だが、タスクは意味を理解し頷く。

「貴方は・・・」
「俺は大丈夫」

カイは徐に逆十字の黒いロザリオを取り出した。
ゼルフの物かと思われるが、少し違うようだ。先のとがったそれで彼は自分の指を少し切る。
血がロザリオに吸われていく。
狂気に満ちていた室内が一瞬にして静まる。
タスクは腕を抱えた。無意識に体は震えている。生気を奪われた感覚に陥る。

室内の気温が一気に下がった。
タスクは視線だけ、隣のカイの方に向けた。冷気は彼の方から流れてきていた。これは彼のしている事なのか、それとも・・・

「・・・なっ・・・!?」

タスクはカイの隣にいる黒い塊に目を奪われた。
それが、この冷気を出し、生気を吸い取っている事はすぐに理解できたが、それがなんなのかが分からない。
ふと、その黒い塊と目が合った。塊などではない。それは生物。いや、生物ととっていいのだろうか。
それはちゃんと人の形をしていた。黒いローブを全身にまとい、手にもつのは大鎌。

これで連想されるものはタスクは一つしか知らない。

『死神』

暗部に所属している彼はチーム員の安全を守るため、ゼルフでは絶対禁止をされている殺しを認められている。
勿論今までタスクが倒してきた敵は全て生きている。
死神はカイの背後に控え、今にも命を吸おうをしている。

「・・・いけ、ヒメ。でないと殺される。」

タスクは何とか死神から目をそらし、窓向かって走る。
敵の間を通っていったが、阻む者は誰もいなかった。全ての人間が死神に心を奪われている。
震える手を叱咤しながら窓ガラスを割った。そして飛び降りる。
飛び降りて着地した時無事でいられる保証はないが、骨が折れない限りは大丈夫だろう。
タスクは外の空気にふれ、少し安心した。着地体制に入ろうとしたその瞬間ふいに落下が止まった。
顔を上げると、こちらも久しぶりに見た顔がある。

「シークル」
「よっ、久しぶり。
これはまた凄い衣装でございますね。ヒメ」

暴れ回ってしまったためにドレスの裾は血で紅く染まってしまっていた。

少し破けているところがまた、戦闘の荒々しさを物語っている。タスクは改めて苦笑するしかなかった。

「さて、どちらに行きましょう?」
「・・・どちらにって行き先は一つしかないはず・・・」

タスクは違和感に気づき辺りを見る。
そして明らかにおかしいと、シークルの顔を見た。彼はしてやったりの顔でこっちを見て笑った。

「凄いだろ、俺の能力」

彼の背には翼が生えていた。しかし、闇にしっかり紛れる漆黒。
これで彼は空を飛んでいたのだ。私は彼に抱えられたままの状態でいる。

「何で黒なの・・・」

思わず突っ込まずにはいられない。
そもそもあんた牧師の息子ではなかったのだろうか。彼は空中を優雅に進みながら、楽しそうに答えた。

「どうせ俺がこれ使うのは夜しかなさそうだしね。白昼堂々空飛んでたらそれそこ変人だし。
それに色が白かったらそれこそ周りから変な目で見られるしさ。
某聖女様じゃあるまいし」
「でも、牧師の息子じゃないの・・・?流石に漆黒って言うのはあまりにも・・・」

タスクは話しながらシークルの顔を見た。
思わず目が合って会話を止めた。冷静になって考えてみると、自分でも無意識のうちに信じられない事をしていた。

「言うようにも、笑うようにもなったじゃん。
大分慣れて来た?」
「・・・。」

言い返す言葉が見つからなかった。自分でも信じられない。

「始めは肩叩いただけでも、その倍のお返しがくるのに、今は横抱きしても何も返ってこない。
それに、大分敬語じゃないし、必要以外の事も話してくれるし」

しばらく見ない間に成長したねぇ。それは、心の中で思うだけにしておいた。
あらかじめ彼らは踏んでいた。彼女を押さえつけている氷さえ溶かし、本体を取り出せば何よりも強い力を手に入れられることを。
タスクは口元を押さえて「確かに・・・」と声を出さずに呟いた。
どれだけ思考を巡らせても答えなんて出てこない。
こんなに忙しい事態に陥って、男女考える暇がなかったからかもしれない。
それと彼の言う通り、慣れもあったのかもしれない。気づかなかった。
カイにも大分失礼をいったかも知れない、と今更後悔する。

「もうすぐ、奴のところにつくからね。
最後の決めよろしく。ヒメ」
「・・・えっ、うん・・・。
きっちり終わらさせていただきます」

とっさの返事に言葉遣いがおかしくなっている。どうすればいいのか脳内でパニックを起こしているようだ。
普段通りの口調か敬語か。二つの思考の決着がつかないまま口に出してしまった結果だ。
シークルは困っている彼女に助け舟を出した。

「もう敬語じゃなくて良いよ。元より、そっちの方が俺達的にも気分が楽だし・・・。ヒメもその方がいいでしょ?」

どっちがいいのか分からない。でも、タスクの今の気分では、彼の言い分に一票だ。
タスクは、念の為にと拝借させてもらった銃を手に持った。弾も全て入っている。

「・・・あのクソ親父と馬鹿息子にも借りはあるから」

その怒りを込めたセリフにシークルは固まった。
怒りの呟きとはこのことだったのか。シルバ達から聞いていたが、生で聞けば更に迫力が増すというものだ。
それにしてもアルファーノ家とクリハーツ家はどんな恨みを彼女に買わせたのだろうか。

シークルは明け方だというのにまだ煌々と明かりのついているホテルの最上階の部屋のベランダに降り立った。
中を見れば、両家の親とあの馬鹿息子が一緒になって震えている。寝てくれなくてこっちとしては好都合だ。

「・・・では、いってきます。」
「お手柔らかに、ヒメ。」

只ならぬ空気を感じ、シークルはタスクの後ろに控えた。
ここで初めて、自分と彼女の差を見せつけられる。これが隔離されてリーダーとして育て上げられてきた『天才』達。
タスクは音も無く部屋に侵入した。


「・・・こんばんは、皆様。
仲良く揃って何のご相談でしょう?」

その声に部屋にいた者全てが凍りつく。まるで霊でも見るかのような目で全員ベランダの方を見た。
何せ攫われたはずのアリスが最上階の鍵を掛けてあるベランダから入ってきたのだ。
着ているドレスは返り血を浴びて、所々紅くなっている。
彼女から発せられる言葉は今まで聞いたこともないような自信に満ち溢れ、それでいて見下したような声。

これはもう惨劇以外の何物でもない。夢なら今すぐにでも覚めて欲しい悪夢だった。

「・・・アッ・・・アリス・・・。どうしたんだ・・・?
その・・・血のついたドレスは・・・。」

ガルグからでた第一声がそれだった。
彼は一睡もしている様子はなく、血の気が失せ、唇まで真っ青だ。
アリスは今気がついたように自分の格好を振り返った。

「・・・あぁ、これですか?
丁度逃げる際に乱闘騒ぎがありまして、少し巻き込まれてしまいました。心配には及びません。私はどこにも怪我してませんから。」

彼女の表情は笑顔。非の打ち所のないその完璧な笑みは逆に彼等に恐怖を与えた。
グロンがあまりの恐怖に耐えきれずドアに向かって走っていく。
が、それもアリスの手によって止められた。彼は不様にも床に転がって、腰を抜かす。

「どこに行かれるのですか?
せっかく帰って来たのに喜んで下さったっていいじゃないですか。私達は夫婦になるんでしょう?」

彼女の手に握られていたのは銃。
ピンポイントで彼の足元狙って撃ったのだ。その間数秒。無言で銃を構える彼女から発せられるのは、次はないという圧力。

「アリス・・・おっ、落ちつけ。
お前の望みは何だ?何でも聞いてやる。
宝石が欲しいのか?それとも何だ?金か?」

タスクは呆れた様にガルグを見た。本当に最低な親だと思う。
あのアリスがそんなもの望んでいるとは思えない。

「では、父上。クリハーツ家の方々と一緒に自主をお勧めいたします。それが私の望み」
「・・・なっ」

思いも寄らぬアリスの発言に全員が肩を震わせた。
タスクは非情に言い放った。

「無理矢理潰した名家、八件。そこから無理矢理奪った被害総額、占めて三兆。裏組織に貢いでいた賄賂、一兆円。
後は貴方の仕切っていた裏組織分の罪、麻薬所持、婦女暴行、恐喝その他もろもろで王都オスポント直轄の治安組織から逮捕状が出ています。
大人しく捕まっていただきたい」

ここでやっと彼女の呪縛から逃れたガルグが怒鳴った

「貴様アリスではないなっ。
うちの娘になりかわって何をしている。人を呼ぶぞっ!?」

「貴方にアリスの親名乗る資格があると思ってるわけ?
無駄に保護者の顔をして立つのなら止めていただきたい。
ちなみに、彼女。もう貴方と縁切ってしまうつもりなのでそこの所よろしく」

先ほどまでの威勢の良さはどこへやら。ガルグの表情は豊かとも言えるほどに変わっていく。最後にタスクは止めの一言で締めた。

「あと、人呼ぶんでしたらお手数はおかけしません。
既に呼んでありますから。」

タスクが言い終わったと同時にこの部屋の位置口のドアが開きオスポンドの治安部隊が入ってきた。
私がフロートから貰った手帳を見せると、敬礼してもらえ、このまま帰してもらえることになった。
嘆息してベランダに戻ると、控えていたシークルが声を掛けてきた。

「おっ、お疲れ様でした。
次はどこにお連れしましょうか?ヒメ様。」
「・・・どこかに宿はあります?」
「一応、アリス達と同じ所のホテルを。」
「では、そこの貴方の部屋に運んで頂けますか?
流石にこうなってしまったから着替えたいし・・・。女物の服は・・・あるでしょうか?」


シークルはタスクを軽々横抱きしてホテルを飛び立った。

「コルトとシルバが荷物置いていったから多分あるかと・・・」

ならギリギリ大丈夫だろう。彼等の選ぶ服はほとんどセクシーお姐様路線なので普段自分が着るには少し抵抗がある。
サイズの方も厳しいかもしれないが、なんとかなるだろう。
事が終わってから、すぐにでも新しい服を買いに行こう。
ふと、当たり前のようにシークルに運んでもらっている事に気づきタスクは礼を述べた。彼はそれにも笑って答えてくれた。

「大丈夫、十分ヒメは軽いから。他の野郎共はお断りだけどな。
・・・お疲れ様でした。リーダー。
結構かっこ良かったぜ」
「・・・シークル・・・。
・・・ありがとうございます」

リーダーと呼ばれたのは初めてかもしれない。
結局初日からヒメと呼ばれ続け、それに、最初は(今もだと思うが)誰も自分をリーダーと認めようとはしなかった。
コルトなどには完璧に舐められていたと思う。シークルも親しくはしてくれたがそれなりに評価されていた。
その一言が嬉しくて思わず顔がほころんでしまう。日が昇っていなくて良かったと、この時は心底感じた。


ホテルのベランダまでタスクを届け、シークルは他の三人の様子を見に行くために飛び立った。
タスクは街の向こうの山が明るくなっている事に気づいた。もう朝なのだ。

タスクは勝手に浴室を借り、シャワーを浴び、勝手にマシそうな服を選びそれをきて、次は時間が惜しいとばかりにゼルフへの報告書を書いたり所連絡したり、しっかりリーダーっぷりを発揮していた。
パスラン以外全てのチーム員が部屋に揃った時にはほとんどの仕事が片付いていた。
それには誰も予想していなかったので、彼女の凄さに改めて敬服した。

「では、お疲れのところ申し訳ないのですが言いたい事が数点・・・」

久しぶりに見るのはアリスの仮面を被ったタスクではなく素顔の彼女。
なんとなく一仕事終わった充実感が沸いた。

「以上です。ではゆっくり休んでください。
・・・といっても部屋はここしかないんですよね」

部屋は会議室くらいの大きさで五人いるのに苦にはならないが寝たり休んだりという事になれば話しは別だ。
ベッドは部屋に二つしかない。
それに男の中でタスクがいるのもあまりにも酷だろう。そう思い誰かが口を開きかけた瞬間、タスクが言った。

「あの、私長椅子もらってもいいですか?ベッドは使っちゃってください。狭いと思いますがくっつければ四人で寝れると思いますし・・・。」
『・・・は?』

何気にさらりと問題発言かましてくれてる我がヒメ様に一同絶句した。
普通ここは部屋二つ取る選択肢を選ばなくてはいけないはずではないのだろうか。
男嫌いといっているくせに、とっている行動はあまりにも大胆過ぎる。某聖女様にこれを知られたとなると自分達の首も危ない。
しかし当の本人は本当に一部屋で済ますつもりらしくベッドから薄い布団を拝借して早速寝ようとしている。思わずシルバが口を開いた。

「えっと、ヒメ・・・流石にそれは可哀想だしせめてもう一つ部屋とろうか?大体こんなところじゃ寝られないでしょ?」
「結構どこでも寝つける方なので大丈。あっ、服借りしました」
「構わんよ、いつでも使って。結構似合ってるし・・・じゃなくて、せめてベッドに寝るとか!」

シルバも調子を狂わされているところをみて、他の三人は無言で思案した。
ボケ感覚も備わってきた。いや、ボケというよりこれは素だ。立派な天然だ。
そう思っている間にもタスクは鋭い突っ込みをいれていく。

「それじゃ、貴方達が寝れないじゃないですか」
「だから、もう一つ部屋を取れば・・・」
「あまり資金を無駄には出来ません。私達の初任給しかもBランクなんて大した額じゃないんですよ」

任務での費用はほぼ自分達が持つことになる。
あまりにも大きすぎるものになれば申告すればそこそこ負担してもらえるが、今回の場合は全て自分達持ち。
彼女の節約術は立派なものだった。が、そこはもう少し大らかでもいいのではないだろうか。そんなに高い宿でもないのだし。
しかし、シルバの反論する暇を与えず、タスクはさっさと寝てしまった。何も言えなくなった男達は仕方なく彼女に従ったのであった。


   

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